長崎の文化

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【ピエール・ロチと長崎】(2004/9/15)

ピエール・ロチ(1850〜1923)は、今から約100年以上も前のフランスの人気作家です。そのロチの記念碑が長崎市諏訪神社の月見茶屋そばに建っています。
白い円柱型をしたその碑には長崎の港を静かに見下ろすロチの横顔が刻まれています。

長崎公園にある
ロチの碑

今回は、このフランスの文豪と長崎の関わりについてご紹介します。

ブルターニュの港町で生まれたロチは、海軍兵学校を経てフランス海軍の軍人になり、小さい頃からの夢であった世界各国をめぐる機会を得ました。そうして訪れた国々を舞台にした数々の小説を書き、19世紀後半のフランスで売れっ子の作家になったそうです。

ロチは日本にも何度か滞在しています。初めて訪れた地は長崎で、1885年(明治18)夏のことでした。ロチはこの街で約1ヶ月ほどを過ごし、その経験をもとに、小説『お菊さん』を執筆しています。

長崎滞在から2年後の1887年にフィガロ紙に発表された『お菊さん(マダム クリザンテエム)』は、主人公(作者)が、長崎の街を見下ろす高台の家で、長崎の娘「お菊さん」と共に過ごした日々(「小さな結婚」とロチはいう)について語り描いています。

その内容は、作者の経験をもとに率直に、感性豊かな文章で仕上げられていますが、当時の極東に対する西洋人の先入感がそうさせたのか、または作者自身の繊細さとメランコリーな性格からくるものなのか、主人公はどこか不安感のある憂鬱な感じで物事をとらえていて、日本人も醜く卑小なものとして描いています。

憂いを帯びた
ロチの横顔

しかしながら、そこには、図らずも明治の長崎の風景や美しい日本の住まいや質素な人々の暮らしが描かれていて、たいへん興味深いものがあります。また、小説の内面的なテーマも、長崎の街での経験を通して「人間の不安感」を描いているように感じられ読みごたえもあります。

さて、長崎での滞在を終えいったん日本を離れたロチは、同年秋、再び1ヶ月ほど日本に滞在したようです。この時、神戸、京都、鎌倉、東京、日光などを訪れたロチは、日本の美術、工芸のすばらしさに感嘆し、『秋の日本的なもの』として書きまとめています。

さて、『お菊さん』には後日談があります。ロチは、初めて長崎に滞在した年から15年後の1900年(明治33)暮れから翌年にかけて再び長崎を訪れていて、この時の話を『お梅さんの三度目の春』「(1905年発表)という小説に書いているのです。お梅さんとは、以前「お菊さん」と暮らした家の家主の奥さんのこと。お菊さんはすでに他家へ嫁いでいて、再会した人々との新たなストーリーが記されています。

15年の歳月は、人も長崎の街も変えていました。この時、50才になっていたロチ自身にも前回とはまた違った哀愁が漂います。長崎とは?人間とは?といったことに興味のある方は、ぜひ、『お菊さん』、『お梅さんの三度目の春』を読んでみませんか。

◎参考にした本
「お菊さん」(岩波書店)
「お梅が三度目の春」(白水社)
「長崎の文学」(長崎県高等学校教育研究会国語部会)
「異邦人の見た近代日本」(懐徳堂記念会編)

ロチが住んだ家があった
寓居跡説明版にロチの写真
長崎図書館で借りた
ロチの本

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