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第558号【国境のしま、対馬の魅力 〜前編〜】

2018.11.07

 この秋、対馬へ行ってきました。かねてより史跡めぐりをしたいと思っていた国境の島です。長崎空港から小型飛行機に乗り込んで35分。機上から見えたのは、濃紺の海を背景に、こまかく連なる緑の山々。そのふもとは繊細に入り組んだ海岸線で、平地はとても少ない。津々浦々には、小さな集落が点在していました。

機上から望む対馬

 九州本土と韓国の間の対馬海峡に浮かぶ対馬。福岡空港からは30分。また、博多港からは、フェリーや高速船の定期便があります。対馬は長崎県の島でありながら県内からの定期航路はなく、島民の生活圏も福岡寄りなのが実情です。

海水がきれい。長板浦港

 南北82キロ、東西18キロ、面積708㎢の対馬。地理的に朝鮮半島に近いため、古くから交流が盛んに行われてきました。対馬では、縄文人が小舟で九州と朝鮮半島を往来していたとも考えられていて、対馬の人々が古来より対馬海峡の荒波をよみとき、海上をたくみに行き交っていたことがうかがえます。『魏志倭人伝』(3世紀)には、対馬は「対馬国」として「一支国」(壱岐)とともに記されていて、日本と大陸を結ぶ交通の要衝であったことがわかります。

海から見る白嶽(中央の岩山)

 対馬は、大きく北部の上島(かみじま)、南部の下島(しもじま)に分かれています。浅茅湾(あそうわん)の奥にある万関瀬戸(まんぜきせと)が上下島の境界線だそうです。今回のツアーでは浅茅湾周辺と、下島(しもじま)を中心にめぐりました。

 

 複雑な入り江で知られる浅茅湾。美津島町(みつしままち)の長板浦港で市営渡海船「うみさちひこ」に乗り込み、快適なクルーズを楽しみました。無人の島々や岩層を露わにした岸壁など、はるか昔に島が海底から隆起して生まれたことがリアルに想像できる美しくてダイナミックな景観を楽しみました。対馬の霊峰・白嶽(しらたけ)も見えます。海上ではマグロの養殖も盛んなよう。渡海船が内海ならではの穏やかな波をいくなかで、外海に開けた場所を通るときだけは、風が強くなり白波がたちました。水平線の向こうは韓国です。

地球の歴史を刻む岩肌

  渡海船の上から和多都美神社(わたつみじんじゃ)を参拝しました。本殿につながる5つの鳥居のうちの2つは、海中に立っています。背後の豊かな緑とともに神秘的な雰囲気を漂わせていました。和多都美神社は、竜宮伝説が残る古社。彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)と豊玉姫命(トヨタマヒメノミコト)を祀っています。豊玉姫命は、海神の娘で、「古事記」の海幸山幸伝承に登場します。地元では、航海守護・安産などの神様として親しまれています。

浅茅湾のマグロの養殖

水平線の向こうは韓国

 和多都美神社は、平安時代に編纂された「延喜式神名帳」(927年)に記された「式内社」(しきないしゃ)のひとつです。それは、当時の朝廷に認められた官社であっことを意味します。式内社は九州で98107座あり、そのうち対馬は、九州で最多の29社を擁しています。次に多いのが壱岐で24社。この2つの島で九州の半分以上を占めているのです。神道とのゆかりの深さ、朝廷との強いつながりがうかがえます。

和多都美神社。海上から

古社の趣。本殿前の鳥居。

 たいへん古くて奥深い対馬の歴史は、簡単には語りつくせません。次回は、対馬の衣食住を切り口にご紹介します。

 

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