第673号【令和8年午年に寄せて】
新年明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。 寒の入りから1週間以上が経ちました。北国の大雪のニュース映像を見るたびに、雪に不慣れな九州人は、ただただ、おののくばかり。今季の九州は、暖冬傾向かと思っていましたが、昨年末から強い寒波が小刻みに訪れ、私たちを翻弄しています。一年でもっとも寒さが厳しいこの時季、いつも以上に体調に気をつけて過ごしたいものです。 時代の変化が年々加速している、そんな思いを抱きながら迎えた新年。変貌ぶりが著しい長崎駅界隈では、かねてから工事が進められている「駅前広場」が今年の年末に完成する予定です。新年早々、年末の話?と思われそうですが、路面電車の「長崎駅前」電停に隣接する「駅前広場」は、長崎の顔となる大切な場所です。1年後、どんな景観が広がっているのか、楽しみに待ちたいと思います。 長崎市民の総鎮守、諏訪神社(長崎市上西山町)へ初詣に行くと、本殿近くにある「神馬像(しんめぞう)」の前で、参拝を終えた人々が、入れ替わり立ち替わり写真を撮っていました。この銅像は、平和祈念像の作者で知られる、北村西望氏102歳のときの作品。長寿にもあやかれそうな像でした。 参拝後、諏訪神社に隣接する「どうぶつひろば」へ。ここは、親子連れに人気のスポットで、サル、ウサギ、アナグマ、キツネ、クジャク、ハクチョウなどいろいろな動物と出会えます。今回のお目当ては、昨年秋に熊本県の阿蘇からやって来たポニーです。名前は「オセロ」、8歳のメス馬です。ちなみに、ポニーとは、体高147センチメートル以下の馬の総称。そのサイズ感といい、表情といい、笑みがこぼれるかわいさです。「オセロ」は、ヤギの「ユリ」と同居しています。馬は社会性の高い動物なので、ヤギと一緒でも大丈夫なのだそうです。 さて、午年の長崎の歴史をひもとくと、長崎港にまつわる重要な出来事が起きていました。ときは戦国時代、応仁の乱後、信長による全国統一の機運にあるなか、長崎では午年の1570年(元亀元年)、イエズス会の神父による長崎の浦々の測量が行われ、良港であることが判明。大村純忠とイエズス会の間で、長崎開港の協定が結ばれました。翌年、ポルトガル船とポルトガル人がチャーターした唐船が来航。以後、長崎は国際貿易都市として発展していくことになります。それから、干支がひとまわりした1582年(天正10)には、天正遣欧少年使節が長崎港からローマに向けて出発。3年後、ローマ入りした彼らは、教皇グレゴリオ13世との謁見を果たしました。 こうしてみると、午年の長崎には、まちのターニングポイントになるような何かが起こるのかもと思えてきます。令和8年午年、何があっても、最後には「うまく乗り越えた」といえる年になりますように。
もっと読む



