おいしい笑顔、長崎から
私たちの使命は、“おいしい笑顔”を追求することで、お客様の「幸せ」に貢献することです。
みろくやのコーポレートスローガンである「おいしい笑顔、長崎から。」にはその想いを込めています。
お客様に「おいしい笑顔」になっていただきたい。
「おいしいひと時を通して、あなたや、あなたと一緒に召し上がる方にホッとやさしい気持ちになっていただきたい。」
そんな想いを大切にして、長崎からおいしいちゃんぽん・皿うどんをお届けし続けています。

ちゃんぽんへの想い

ちゃんぽんは優しさから生まれた愛情料理です。私たちは“おいしく”て“栄養たっぷり”で“優しい”ちゃんぽんの魅力を長崎の地から発信し続けています。

皿うどんへの想い

皿うどんは一度に様々な食感や、香り、味を感じられる楽しい料理です。私たちはその楽しさとおいしさでお客様に喜んでいただきたいと考えています。

みろくやブログ

  • 第679号【七夕とそうめん】

     梅雨明けが近づくと、雷鳴をともなう豪雨があることが多いですが、先週末から今週初めにかけて長崎を含む九州北部地方はまさにそのような天候でした。天気予報を見ると、これからしばらくは晴れマークが並んでいます。しかも、気温は北上する台風などの影響で35度くらいになるとか。暑さ対策を怠らず、体調に気をつけて過ごしたいものです。 梅雨空の下、長崎港に出ると松が枝岸壁にダイヤモンド・プリンセスが停泊中でした。約116千トン、全長290メートルもあるので、長崎港に入ると、その大きさが際立ちます。この7月は、18日(土)、30日(木)にも入港予定。次回は、輝くような夏空の下、大きな白い船体がゆったりと女神大橋をくぐって来る姿を楽しみにしたいと思います。 さて、昨日は「七夕(たなばた)」でした。織姫と彦星が年に一度、再会を許された日、笹竹を用意して五色の短冊を付けたり、天の川は見えるかな?なんて言いながら夜空を見上げた方もいらっしゃることでしょう。ちなみに、笹竹に願い事を書いた短冊を付けて祈る風習は、江戸時代からはじまったとか。その様子は、当時の絵師たちが多く描き残していますが、シーボルトのお抱え絵師として知られる川原慶賀も、長崎の七夕の風景を描きました。興味のある方は、インターネットで検索を。ライデン国立民族学博物館所蔵の作品を見ることができます。 ところで、あまり知られていないようですが、七夕の行事食のひとつに、「素麺(そうめん)」があります。一説には、七夕の頃は麦の収穫時期と重なり、その祝いも兼ねて小麦粉で作るそうめんを食べるようになったとか。そのほかの七夕料理としては、笹餅や夏野菜のてんぷらの盛り合わせなどがあります。 「素麺」は、西日本を中心に全国各地に産地がありますが、長崎県では全国屈指の生産量を誇る「島原手延べそうめん」が有名です。のどごしや口あたりがよく、とてもおいしいです。 一年を通して常備しているご家庭も多い、素麺。そのルーツは、平安時代に中国から伝わった「索餅(さくべい)」という、縄で編んだような形のお菓子だという説があります。それは、現在、長崎で「よりより」の名で親しまれている中華菓子とそっくりの形をしています。もしかしたら、「よりより」と素麺のルーツは同じかもしれません。 余談ですが、ここで「よりより」の形から連想した野の花をご紹介します。ちょうどこの時期、全国各地の道ばたや公園などの草むらで見かける小さな花で、螺旋状に花を咲かせることから「ネジバナ」と呼ばれています。高さは10〜40センチほど。螺旋は右巻き、左巻きと両方あり、ときには、巻き損ねたタイプも見かけます。ランの仲間で、白い1枚の花びらの上にピンク色の花びらが重なり、たいへん美しい。足元の草地でちょっと、探してみませんか。  さて、かつては旧暦で行われていた七夕行事。今年の旧暦7月7日にあたるのは、8月19日。お盆が過ぎ、かすかに秋の気配を感じる頃です。冷やしそうめんを食べ、涼しい夜風を浴びながら、南の星空を見上げてみませんか。いにしえの伝説やめくるめく森羅万象に思いを馳せるひとときは楽しいものです。

    もっと読む
  • お客様の声

    夫の出張のお土産で初めてみろく屋さんのちゃんぽんを食べました!子ども達は早く食べたい!と言ってその日の夜ごはんにすると「もうないの?」と言うくらい気に入っていました!!京都府 I・T様春休み、子ども2人(8才・6才)のごはん問題に悩んでいるところ頂きました。キャベツ・玉ねぎ・しめじを追加して出したところ、いつも野菜を頑なに食べない子どもが2杯食べてくれました。(もっとあれば食べれたと思う・・・)神奈川県 R・N様

    もっと読む
  • 第678号【2026年アジサイの季節】

     長崎県を含む九州北部地方は、6月4日に梅雨入り。昨年の梅雨入りは、かなり早い5月中旬でしたが、今年は平年並みでした。街角では目にも涼しい青紫のアジサイが、道行く人々の目を楽しませています。この時期、開花している花々はアガパンサス、タイサンボク、クチナシ、ザクロなどなど。どの花も美しく、雨の日の気分を和ませてくれます。 梅雨の晴れ間に中島川沿いを歩けば、甲羅干しをしているカメや羽根を広げて虫干しをしているアオサギの姿が。みな貴重な晴れ間をムダにしません。眼鏡橋界隈では、いろいろな種類のアジサイが設置され、多くの人がスマホでの撮影に夢中になっていました。 アジサイの季節になると、足を運びたくなるのが、長崎市鳴滝にある「シーボルト記念館」です。シーボルト(1796-1866)は、江戸時代後期に出島のオランダ商館付の医師として来日。西洋医学や博物学を伝え、日本の近代化に大きく貢献したことで知られています。アジサイはそんなシーボルトのゆかりの花。シーボルトが帰国後に著した『日本植物誌』のなかには、「Hydrangea otaksa」という学名を付けたアジサイが載っています。これは、妻のお滝さんの愛称「オタクサ」によるもの。美しいアジサイに、遠い異国の人となった最愛の妻のイメージを重ねたのでしょう。 シーボルト記念館の広い庭園の中央に設けられたシーボルトの胸像は、アジサイに囲まれていますが、年を重ねた株のようで、花は以前より小ぶりになっている印象です。アジサイは、落葉低木の多年草で、冬場は枯れて葉を落としますが、適切な剪定と水やりで何十年も花を楽しめます。シーボルト記念館の古株のアジサイも、味わいのある風情を漂わせていました。 ところで、シーボルト記念館の庭園の入り口付近には、「シーボルトの木」が植えられています。この木は、シーボルトが帰国後に、鳴滝塾跡の周辺に生えていた木を移植したもので、当時、牧野富太郎博士(1862-1957)によって新種と判断され、「シーボルトの木」と名付けられました。それから約60年後の1966年、中国原産の「クロウメモドキ」であることが判明。シーボルトが薬木として中国から取り寄せ、鳴滝やその周辺に植えられていたと思われるそうです。低い木なので、つい見過ごしてしまいそうですが、シーボルトと牧野博士をつなぐエピソードを持つ貴重な木です。  さて、季節がめぐるなか、雨にも風にも負けず、着々と工事が進められているのが長崎駅前界隈です。先月15日に、かねてから工事中だった駅前広場(長崎駅東口)の歩道橋が完成し通行できるようになりました。今後、歩道橋下の広場の整備が行われます。この「長崎駅東口多目的広場」の完成は、来年の夏だそう。本当に楽しみです。

    もっと読む
  • お客様の声

    みろくやのちゃんぽん・皿うどんは、変わらないおいしさで食べるたびに、ほっとする味です。長崎の祖父母から贈られてくるたびに箱を開ける瞬間から嬉しく、遠く離れていても気持ちがつながっているように感じています。我が家にとっては特別なごちそうです。神奈川県 R・O様

    もっと読む