第639号【早春、市民の森へ】

 日ごとに寒さがゆるむなか、長崎では沈丁花が香る季節になりました。早春のつめたい空気に溶け込む甘く上品なこの香り。高校の卒業式シーズンとも重なり、「卒業して何年経っても、沈丁花の香りは当時を思い出させる」という人がいました。一瞬で遠い昔がよみがえる「香り」って本当に不思議ですね。

 



 春めいてくると気分は自然と屋外へ。早春のバードウォッチングを楽しもうと、「長崎市民の森」へ出かけました。長崎市中心部から南西に伸びる長崎半島にある「長崎市民の森」。そのエリアは、長崎市街地を見渡す景勝地のひとつとして知られる「唐八景」から、半島の途中にそびえる長崎市でいちばん高い山、「八郎岳」(590m)までの森林地帯。森林体験館や休養宿泊施設、キャンプ場などが設けられ、「野鳥の森」や「昆虫の森」といった場所もあります。ちなみに「長崎市民の森」を抜け、半島の先端まで南下すると、「長崎市恐竜博物館」がある野母崎(のもざき)地区に出ます。

 

森林体験館


 3月に入ったばかりの「長崎市民の森」は、まだ冬枯れの景色が残っていました。標高300メートル前後の山々を稜線沿いに歩くと、平地ではすでに散ってしまった梅が満開でした。このあたりでは、ツグミ、キジ、カケスなどたくさんの種類の野鳥を観察できるはずなのですが、鳴き声はするものの、なかなか姿が見えません。そんななか、「ツーツーピー」という声が。丸々とふくらんだ(羽毛の間に空気の層を作って寒さから身を守っている)ヤマガラでした。





 

 「森林体験館」のスタッフによると、いまは越冬のために鹿児島の出水市に飛来していたマナヅルやナベヅルが、シベリアなどへもどる時期(主に3月)で、運が良ければ長崎半島の上空を通過し、北へ向かう群れを見ることができるそうです。「森林体験館」の周囲には、めずらしい野鳥がときおり訪れるようで、数年前には目の前の樹木に、アカショウビンが現れたこともあるとか。全長約27㎝、くちばしも体も赤いアカショウビン。マナヅル、ナベヅルらとともに、希少な野生動植物として「長崎県レッドリスト2022」に掲載されています。

 

 今回はめずらしい野鳥との出会いはありませんでしたが、「野鳥の森」の一角にある「橘翔大展望」で、すばらしい眺めを堪能しました。茂木港や美しい橘湾をへだてて島原半島や天草を一望。あらためて長崎をかこむ海の美しさを実感しました。



 

 「長崎市民の森」の帰りに「唐八景公園」へ。眼下に長崎の市街地を見渡す唐八景は、古くから(一説には長崎開港の頃)春になるとハタ揚げが行われてきた場所です。長崎のハタは、空中でハタをうまく掛け合わせ、相手のハタを切り落とすハタ合戦。その昔、春のハタ合戦の日ともなると、唐八景は足の踏み場もないほど混雑。大人たちは赤い毛氈を敷いて陣をとり、三味線・太鼓に興じ、酒を酌み交わしながらハタ合戦を見物したとか。人々は勝負の行方だけでなく、個性的なハタの絵柄(種類は100を優に超える)を見るのも楽しみだったようです。







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