第671号【キンモクセイと大徳寺の大クス】
長崎のまちがキンモクセイの香りに包まれたのは11月初めのこと。例年なら10月のうちに開花するところですが、今年は残暑が厳しかったせいで遅れたようです。キンモクセイ、そしてギンモクセイの樹が植えてある長照寺(長崎市寺町)に足を運ぶと、ここも一斉に開花して寺町通りに芳香を漂わせていました。
キンモクセイの花はオレンジ色、ギンモクセイは淡い黄色。香りはキンモクセイの方が甘く濃厚で、遠く離れた街角まで届くのに対し、ギンモクセイはやや弱く、樹の周辺をひかえめな香りで包みます。ちなみに、キンモクセイとギンモクセイは同じモクセイ科の常緑高木。植物の分類では、ギンモクセイが先にあり、キンモクセイはその変種になるそうです。
秋、この香りがすると、どこか懐かしく、落ち着いた気分になるという方もいらっしゃるのでは?実は、キンモクセイやギンモクセイの香りには、痛みや疲れをやわらげリラックス効果があるそう。芳香の期間は1週間足らず。夏の疲れを癒す季節の香りです。
さて、今月3日、東京や近畿地方で、「木枯らし1号」が吹いたというニュースがありました。立冬(11月7日)も過ぎましたが、長崎を含む九州北部地方は、気温も高めで冬と呼ぶにはまだ早い感じです。お出かけ日和が続く中、久しぶりに「大徳寺の大クス」(長崎市西小島)に会いに行きました。
樹齢およそ800年超。長崎県指定の天然記念物で、県下第一のクスの巨木といわれています。1カ所から見上げるだけでは、全体像がつかめない大きさで、20年以上前の紹介文には、根のまわりが23.35mもあると書かれています。この大クスは、本幹が1本天に向かって伸びているというタイプではなく、幹は根元に近いところから大きく3つに分かれ、さらにそこからたくさんの枝を伸ばしています。根を下ろしている場所が、入り組んだ斜面であることが、樹の成長に影響を与えているのかもしれません。
「大徳寺の大クス」のそばには、古い看板をかかげた古民家があります。創業明治20年(1887)、現在3代目という高齢のご夫妻が営む「大徳寺焼餅」のお店です。1人前が4個入りで800円。奥さんが生地に、こしあんを包んで手際よく丸めると、それをご主人が重たい鉄型に並べ、ひっくり返しながら焼いています。聞けば、建物も道具もほぼ創業当初のままだとか。4口あるガスの焼き釜は、昭和初期にはじめてガスが使われるようになったときに設置したもの。現在は1口だけしか使わないが、先代の頃、4口ともフル稼働させていた時代もあったそうです。
焼きたての「大徳寺焼餅」を、すぐそばにある「大徳寺公園」のベンチでいただきました。大ぶりの焼餅なので、けっこうな食べ応え。やさしい甘さのこしあんにお腹がほっとしました。公園の真ん中と周辺には、さらなる大クスの姿がありました。その昔、この一帯は原始林で、「大徳寺の大クス」も公園の大クスも、伐採を免れた原始林の名残りのよう。移りゆく時代や人々の暮らしを静かに見守ってきた大切な存在です。