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  • 第677号【初夏の花便り グラバー園のバラ】

     朝晩は肌寒さが残るものの日中は初夏の陽気。長崎の市街地を囲む新緑の山々から心地よい風が吹き抜けていきます。諏訪神社(長崎市上西山町)に参ると、バナナに似た甘い香りが鼻先をくすぐりました。これは、カラタネオガタマの花の香り。日当たりのいい参道脇で、たくさんの花を付けていました。 長崎の街のあちらこちらで青い実を付けたビワの木を見かけるようになりました。固い実は次第に熟し、梅雨直前に食べ頃を迎えます。昔からビワは、実も葉も種も薬効があるとして、民間療法に用いられてきましたが、日差しに向かって、たわわに実を付ける様子を見ると、確かにパワーのある植物だなと思います。ちなみに、友人宅では庭になったビワの実を食べた後、その種を使って焼酎漬けを作っています。しばらく漬け込んで琥珀色になった焼酎は、あせもや筋肉痛、傷跡の痛みなどに塗布するといいとか。友人は、「種を捨てるのがもったいない」と、毎年欠かさず作っています。 さて、ゴールデンウィークの最終日、バラが見頃を迎えたグラバー園へ行って来ました。幕末・明治期に建てられた洋風建築物と石畳や石段の通路が、異国情緒あふれるノスタルジックな景観を生み出しているグラバー園。訪れた人々は、色とりどりのバラの芳香に足を止めながら、散策を楽しんでいました。なかでも、旧リンガー住宅前では、長崎港を背景に美しいバラを楽しめ、写真を撮る人の姿が後を絶ちませんでした。 長崎港を望む丘の斜面に造られたグラバー園。園内には、もともとこの丘に自生していた樹木も多く残され、美しい景観を創っています。生い茂る新緑の間から見えたのは、長崎港の対岸にある三菱長崎造船所の「ジャイアント・カンチレバークレーン」です。1909年に日本で初めて建設された電動クレーン(英国アップルビー社製)で、いまも現役で使用されています。150トンもの荷重を吊り上げる能力は、当時のままだそうです。 「ジャイアント・カンチレバークレーン」は、2015年に登録された世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産」の構成資産のひとつです。幕末から明治期にかけて、造船・炭鉱を中心に日本の近代化を支えたその遺産群は、グラバー園にもあります。それは、日本最古の木造洋風建築として知られる「旧グラバー住宅(1863年建設)」です。日本の近代化に大きく貢献した英国人貿易商のトーマス・ブレーク・グラバーは、ここに住まい、ビジネスの拠点としました。  幕末から明治へ、激動の記憶を秘めた旧グラバー住宅。ここで、幕末の志士らとグラバーとの間で、緊迫したやりとりがあったかもしれません。園内では、そうした歴史など知る由もない美しいチョウたちが、蜜を求めて花から花へ飛び交っていました。

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  • お客様の声

    お土産でいただきました。家にあった残り物の野菜をたくさん入れて、ボリュームたっぷりでとてもおいしかったです。スープも全部飲み干しました!麺もモチモチで食べごたえたっぷりでした!!京都府 A・F様「手軽」というイメージはなかったのですが、インスタントラーメンでは満たされない、子供たちの胃と親の想いをちゃんぽんで満たせたかなと思います♡神奈川県 S・K様

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  • 第676号【諫早公園のつつじと本明川のオオバン】

     4月はじめに満開となった長崎の桜は、ただいま葉桜へ移行中。桜が散ってしまうのは寂しいですが、新緑の季節がはじまり、いろいろな花が次々にシーズンを迎える喜びが待っています。散ったばかりの桜の花びらが地面を覆う諫早公園では、つつじが見頃を迎えました。  諫早市の中心部に位置する諫早公園(諫早市高城町)。公園のシンボル、諫早眼鏡橋(国指定重要文化財)のたもとには色とりどりのつつじが咲いていました。公園のつつじは、大正時代に地元の有志によって植栽されたもので、現在、約3万本もあるとか。この日は「諫早つつじ祭り」の開催日で、会場となる諫早公園では、野点や出店などの準備が整えられ、朝から多くの人々が訪れていました。  諫早公園は、戦国時代の領主が築いた山城があった丘稜(周囲約1km、標高約50m)一帯を整備してつくられました。自然林に覆われた丘稜は、「諫早市城山暖地性樹叢(いさはやししろやまだんちせいじゅそう)」として国の天然記念物になっています。丘の頂きまで続く石段を登りきると、樹齢600年以上の大クスが青葉を茂らせていました。この大クスの根元付近には、貴重な植物というヒゼンマユミの樹が生えていました。その場に居合わせた地元の女性が、「兄の大クスが、妹のヒゼンマユミを守っているみたいに見えるでしょ」。晩秋に付けるというヒゼンマユミの黄褐色の実が小枝に残されていました。 今回、諫早公園へは諫早駅近くを流れる本明川に出て、川沿いに設けられた歩道を歩いて向かいました。途中、コガモ、マガモ、シラサギなど、水鳥を中心に10種類ほどの野鳥を確認。その中に、先月、長崎港で見かけた渡り鳥のカンムリカイツブリもいました。カンムリカイツブリは、春になっても渡らず、留鳥になる個体もいるそうなので、本明川に棲み着いているのかもしれません。 うれしかったのは、「幸せを運ぶ黒い鳥」と呼ばれるオオバンを見かけたことです。長崎市内ではまだ確認したことがありません。オオバンは、全体が黒い羽毛に覆われ、くちばしと額だけが白い。たいへん温厚な性格で、自分が採って来た餌をほかの鳥に横取りされても怒ったり、争ったりしないとか。再び潜水して自分の分の餌を採りに行くそうです。そんな平和的な行動が、「幸せを運ぶ」と言われる由縁のようです。   実際、そうした性格が垣間見える場面に遭遇しました。小魚の群れが近づきシラサギとカワウが競うように餌を採りはじめたとき、近くにいたオオバンは、餌採りに加わらず、そっと離れていきました。また、川面をスイスイと移動中、カンムリカイツブリが進路をふさぐようにやって来ると、道をゆずり、後ろからゆっくり進んでいました。オオバンの行動は、いろいろな生き物が同じ川で共存するために、競わず、ゆずり合うことが大切だと知っているかのようです。人間界にもオオバンみたいな人が増えるといいですね。

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  • お客様の声

    初めて皿うどんを頂き、家で作りました。初めに野菜とその他具材をさっと炒めるだけで味もとろみも決まり感動しました。中華がひとつ私の得意料理になりました(笑)おいしかった~福岡県 Y・N様野菜や肉、魚介がたくさん入っていたのでびっくりしました。作り方も簡単で美味しく頂きました。冷凍とは思えないクオリティでした!子供達も「おいしい」と言ってたくさん食べました野菜もたくさんとれるので、親としてもうれしいです。埼玉県 T・S様

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  • 第675号【スミレとカンムリカイツブリ】

     長崎地方の菜の花は、2月中旬に咲きはじめました。長らく少雨状態が続いていましたが、その後、春の嵐とともに断続的に雨が降るように。後から思えば、これが、菜種梅雨だったのかもしれません。菜種梅雨とは、3月中旬から4月にかけて降る、春の長雨のこと。菜の花の咲く時期と重なるため、そう呼ばれるようになりました。早々と春の雨の季節を終えた長崎は、三寒四温で着々と次の季節へ移行中です。  まちを歩けば、色とりどりの春の花々が気分を上げてくれます。長崎市役所の19階展望フロアへ、スミレの咲き具合を見に行きました。ここには、数本のサルスベリの木が植えられた庭園があり、春になると庭園の土にもともと混ざっていたと思われるスミレが一斉に花を咲かせます(スミレの種は土作りの際に使われることがある)。庭園の芝生は、まだ冬枯れ状態でしたが、その合間から元気に多くのスミレが咲いていました。 3月初めの雨上がり、長崎港湾沿いを歩いていると、海上に浮かぶ鳥の小群れに気付きました。ときおり細長い首を伸ばし、ひんぱんに潜水しては小魚をくわえて上がって来ます。図鑑で調べると、カンムリカイツブリという水鳥で、中島川に冬鳥として渡って来ることがある「カイツブリ」の仲間であることがわかりました。大きさは、マガモよりやや小さいくらい。今回、見かけた個体の羽毛の色は、ベースは白、背中は灰色、そして、頭頂部は黒く、名前の通りカンムリのようでした。 ネットで調べると、カンムリカイツブリは、「北海道から九州まで分布する鳥」で、長崎県では、「冬鳥として秋から春にかけて飛来」、「宇久島、福江島、長崎市野母崎樺島などで確認されている」とありました。かつては、冬にユーラシア大陸からやって来る渡り鳥だったそうですが、近年、日本で繁殖する群れも現れ、留鳥となっている地域もあるとか。今回、長崎港で見かけた小群れは、そろそろ温かくなって来たので、北へ帰る途中だったのかもしれません。 この春、長崎港界隈には、もうひとつ注目の話題があります。「大浦海岸通り」に面した場所に建つ「旧長崎英国領事館」(国指定重要文化財)です。なんと11年にも渡る保存修理を終えて、今年1月末に開館しました。明治41年(1908)建造の赤レンガ造り。均整のとれた外観デザインで、正面左右の2階部分に設けられた丸窓が、目のように見えて親しみを感じます。建物は、戦後、長崎市が購入。児童科学館や野口弥太郎記念美術館として活用されました。 設計は英国人、建設は日本人技術者たち。一見、西洋風ですが、屋根は瓦が使用され、和洋の建築文化が調和した建物です。本館1階は、領事事務室、書記室、応接間、食堂など。階段や床、調度品など、古き良き英国のしつらえを体感できます。壁の色やタイルなどは、可能な限り建築当初の姿を目指して施工されています。仕事の丁寧さは素人目にもわかるほどで、当時の日本人技術者と、今回の保存修理に携わった現代の技術者に敬意を表したくなります。 居留地時代の長崎の様子が垣間見える旧長崎英国領事館。何度も訪れ、じっくり味わいたい、長崎観光おすすめスポットです。

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  • お客様の声

    初めて皿うどんを食べた3歳の息子が大喜びでした!親としても野菜をたっぷり食べてくれるのでとてもうれしかったですちゃんぽんもスーパーで買うよりおいしく、また食べたい味でした島根県 H.H様

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  • 第674号【節分と長崎ランタンフェスティバル】

     2月3日節分の日の夕刻、役目を終えた正月飾りやお札を持って、諏訪神社(長崎市上西山)へ。すでに大きな炎を上げていた鬼火焚きの中へ投げ入れ、炎にあたりながら無病息災と家内安全を祈願しました。そのあと、徒歩圏内に点在する松森神社、桜馬場天満神社、伊勢宮神社、宮地嶽八幡神社、そして興福寺にも足を運び、それぞれの節分行事の様子を見て回りました。 真冬の夜にも関わらず、どこも境内を埋め尽くすほどの人出。鬼火焚きのかたわらで、年男・年女による豆まきや、ぜんざいなどの温かいものも振る舞われ、なごやかな雰囲気が漂っていました。世代を問わず、大勢の人々が繰り出す節分の行事ですが、翌朝には何事もなかったようになるから不思議です。この伝統行事はこれからも脈々と受け継がれていくのでしょう。 この冬は、連日の北国の大雪のニュースに心が痛みます。一方、九州は、時折強い寒波が到来するものの、雪や雨が少なく乾燥した状態が続いています。今月最初の日曜日、今季最強の寒波が訪れましたが、長崎では、平地にうっすらと雪が積もる程度でした。その日、小雪が舞うなか背中を丸めて中島川沿いを歩いていたら、川石の上からじっと水面をにらむカワセミを見かけました。まん丸に羽毛を膨らませた姿がかわいい。どうやら、稚魚を狙っているようです。野鳥って、本当にたくましいですね。 さて、長崎はいま「2026長崎ランタンフェスティバル」を開催中(2/6〜2/23迄)です。長崎市内の中心部に、約1万5千個に及ぶランタンやオブジェが飾られ、夕刻になると極彩色の幻想的な灯りで彩られます。 長崎の冬の風物詩「長崎ランタンフェスティバル」は、これまで、旧暦の元旦から開催されていましたが、旧暦元旦は、西暦にすると1月下旬から2月の間で年ごとに変わるため、今年から2月の第1金曜日から17日間の開催に固定化されることになりました。(今年は、最終日の翌日が祝日になるため1日延長して18日間の開催。)この期間なら、春節(旧暦の正月期間)と重なる日もあるので、これまでどおり、旧暦新年を祝うことができますね。 新地中華街会場の湊公園には、大きな干支のオブジェ『龍馬精神(りょうませいしん)』がお目見え。龍のように天を駆け、馬のように地を駆ける、若々しく活気に満ちた精神が表現されています。『龍馬精神』という言葉は、健康や活力願うときにも使われるそうです。ランタンフェスティバル開催期間中の平日には、市中心部に設けられた複数の会場で、龍踊りや二胡演奏、中国変面ショー、土曜日には「皇帝パレード」、日曜日には「媽祖行列」とさまざまな催しが展開。毎日、見どころ満載です。  道なりに、どこまでも連なるランタンは、まるで龍のよう。空中を縦横無尽に泳いで、ランタンのまちを楽しんでいるかのようです。あなたも、さっそく、お出かけになりませんか。

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  • お客様の声

    丁寧に作り方の説明書が入っていて普段料理をしない私でも簡単に美味しいちゃんぽんと皿うどんを食することができて大変うれしく思っております。またリピートしていと思います。おいしかったです。愛知県 Y・N様具材まで入っていて、キャベツを切るだけで完成する手軽さなのに、味はお店で食べたような本格派でした!濃厚でコクのあるスープに一口目から夢中になり、長崎旅行の思い出がよみがえってきました本当に美味しかったです!!東京都 R・S様

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  • 第673号【令和8年午年に寄せて】

     新年明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。  寒の入りから1週間以上が経ちました。北国の大雪のニュース映像を見るたびに、雪に不慣れな九州人は、ただただ、おののくばかり。今季の九州は、暖冬傾向かと思っていましたが、昨年末から強い寒波が小刻みに訪れ、私たちを翻弄しています。一年でもっとも寒さが厳しいこの時季、いつも以上に体調に気をつけて過ごしたいものです。 時代の変化が年々加速している、そんな思いを抱きながら迎えた新年。変貌ぶりが著しい長崎駅界隈では、かねてから工事が進められている「駅前広場」が今年の年末に完成する予定です。新年早々、年末の話?と思われそうですが、路面電車の「長崎駅前」電停に隣接する「駅前広場」は、長崎の顔となる大切な場所です。1年後、どんな景観が広がっているのか、楽しみに待ちたいと思います。 長崎市民の総鎮守、諏訪神社(長崎市上西山町)へ初詣に行くと、本殿近くにある「神馬像(しんめぞう)」の前で、参拝を終えた人々が、入れ替わり立ち替わり写真を撮っていました。この銅像は、平和祈念像の作者で知られる、北村西望氏102歳のときの作品。長寿にもあやかれそうな像でした。 参拝後、諏訪神社に隣接する「どうぶつひろば」へ。ここは、親子連れに人気のスポットで、サル、ウサギ、アナグマ、キツネ、クジャク、ハクチョウなどいろいろな動物と出会えます。今回のお目当ては、昨年秋に熊本県の阿蘇からやって来たポニーです。名前は「オセロ」、8歳のメス馬です。ちなみに、ポニーとは、体高147センチメートル以下の馬の総称。そのサイズ感といい、表情といい、笑みがこぼれるかわいさです。「オセロ」は、ヤギの「ユリ」と同居しています。馬は社会性の高い動物なので、ヤギと一緒でも大丈夫なのだそうです。 さて、午年の長崎の歴史をひもとくと、長崎港にまつわる重要な出来事が起きていました。ときは戦国時代、応仁の乱後、信長による全国統一の機運にあるなか、長崎では午年の1570年(元亀元年)、イエズス会の神父による長崎の浦々の測量が行われ、良港であることが判明。大村純忠とイエズス会の間で、長崎開港の協定が結ばれました。翌年、ポルトガル船とポルトガル人がチャーターした唐船が来航。以後、長崎は国際貿易都市として発展していくことになります。それから、干支がひとまわりした1582年(天正10)には、天正遣欧少年使節が長崎港からローマに向けて出発。3年後、ローマ入りした彼らは、教皇グレゴリオ13世との謁見を果たしました。  こうしてみると、午年の長崎には、まちのターニングポイントになるような何かが起こるのかもと思えてきます。令和8年午年、何があっても、最後には「うまく乗り越えた」といえる年になりますように。

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  • 第672号【令和7年師走よもやま話】

     黄金色のイチョウの葉が散りはじめた長崎。晩秋のような光景ですが、「もう、師走」。一年の早さにびっくりしながら、押入れを片付けていると、奥の方からパッケージに包まれた布が出てきました。それは、20年以上も前に、生月島で買ったもので、江戸時代の力士、生月鯨太左衛門(いきつきげいたざえもん)が描かれた「のれん」。当コラム第23号(2001年2月)で生月鯨太左衛門を紹介した際に使用していて、掲載後、相撲ファンの知人にさしあげる予定でした。  生月鯨太左衛門(1827-1850)は、身長227センチメートル、体重約168キログラムの巨漢力士として、江戸時代の終わり頃に人気を博しました。生まれは長崎県平戸島の北西に位置する生月島。生月鯨太左衛門という四股名(しこな)は、当時、生月島が捕鯨で栄えていたことにちなんだものです。生まれたときの体重は、通常の赤ちゃんの2倍はあったともといわれ、とりあげた産婆さんが「鯨のようだ」と驚いたそうです。  子どもの頃は、その大きな体と力で親孝行。その後、相撲界からのスカウトを受けて、18歳で大坂場所へ、さらに、その翌年には江戸相撲に進出。平戸藩お抱えの人気力士でしたが、23才の若さで病に倒れました。短い人生でしたが、さまざまなエピソードがいまも語り継がれています。  生月鯨左衛門をはじめ数々の人気力士が生まれた江戸時代。当時の相撲は、寺社の再建や修理のために資金を集めるという名目の「勧進相撲」から、やがて興行へと移行し、庶民の娯楽として発展。お江戸はもちろん、全国各地で、神社などの年中行事として相撲が行われました。長崎では、梅園神社(長崎市丸山町)、松森神社(長崎市上西山町)、そして、中川八幡神社(長崎市中川)など。なかでも勝負事の神様を祀る中川八幡神社では、毎年9月に行われる奉納相撲は、「中川相撲」と呼ばれ、九州各地の名だたる力士が集結していた時期があるそうです。  ここで、本筋からはずれますが、野鳥の話。松森神社の境内をめぐっているとき、赤い実をついばむ数羽のシジュウカラを見かけました。ときおり「ピーツピ」という鳴き声が聞こえてきます。鈴木俊貴さんという動物言語学者の研究によると、シジュウカラの鳴き声には意味があり、いくつかの鳴き声を組み合わせて会話をしているそう。「ピーツピ」というのは、仲間に「警戒しろ」と知らせているとか。そっとカメラレンズを向けていたのですが、気付かれていたようです。  さて、冒頭で生月鯨左衛門ののれんを渡しそびれたままという話をしましたが、相手の方とは、長い月日の間に自然に交流が途絶え、もう連絡がつかなくなっています。毎日忙しくしていると、いつでも会えると思っていた友人や知人に、義理を欠いたり、大切なことを伝えそびれたまま時が流れてしまうことがあるものです。年の瀬に、移りゆく季節やどんどん変わっていく街の様子を肌で感じながら、これからは、相手が喜んでくれそうなことや感謝の気持ちは、最優先で伝えていこうと決めました。  ○本年もご愛読くださり、誠にありがとうございました。

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  • 第671号【キンモクセイと大徳寺の大クス】

     長崎のまちがキンモクセイの香りに包まれたのは11月初めのこと。例年なら10月のうちに開花するところですが、今年は残暑が厳しかったせいで遅れたようです。キンモクセイ、そしてギンモクセイの樹が植えてある長照寺(長崎市寺町)に足を運ぶと、ここも一斉に開花して寺町通りに芳香を漂わせていました。  キンモクセイの花はオレンジ色、ギンモクセイは淡い黄色。香りはキンモクセイの方が甘く濃厚で、遠く離れた街角まで届くのに対し、ギンモクセイはやや弱く、樹の周辺をひかえめな香りで包みます。ちなみに、キンモクセイとギンモクセイは同じモクセイ科の常緑高木。植物の分類では、ギンモクセイが先にあり、キンモクセイはその変種になるそうです。 秋、この香りがすると、どこか懐かしく、落ち着いた気分になるという方もいらっしゃるのでは?実は、キンモクセイやギンモクセイの香りには、痛みや疲れをやわらげリラックス効果があるそう。芳香の期間は1週間足らず。夏の疲れを癒す季節の香りです。 さて、今月3日、東京や近畿地方で、「木枯らし1号」が吹いたというニュースがありました。立冬(11月7日)も過ぎましたが、長崎を含む九州北部地方は、気温も高めで冬と呼ぶにはまだ早い感じです。お出かけ日和が続く中、久しぶりに「大徳寺の大クス」(長崎市西小島)に会いに行きました。  樹齢およそ800年超。長崎県指定の天然記念物で、県下第一のクスの巨木といわれています。1カ所から見上げるだけでは、全体像がつかめない大きさで、20年以上前の紹介文には、根のまわりが23.35mもあると書かれています。この大クスは、本幹が1本天に向かって伸びているというタイプではなく、幹は根元に近いところから大きく3つに分かれ、さらにそこからたくさんの枝を伸ばしています。根を下ろしている場所が、入り組んだ斜面であることが、樹の成長に影響を与えているのかもしれません。  「大徳寺の大クス」のそばには、古い看板をかかげた古民家があります。創業明治20年(1887)、現在3代目という高齢のご夫妻が営む「大徳寺焼餅」のお店です。1人前が4個入りで800円。奥さんが生地に、こしあんを包んで手際よく丸めると、それをご主人が重たい鉄型に並べ、ひっくり返しながら焼いています。聞けば、建物も道具もほぼ創業当初のままだとか。4口あるガスの焼き釜は、昭和初期にはじめてガスが使われるようになったときに設置したもの。現在は1口だけしか使わないが、先代の頃、4口ともフル稼働させていた時代もあったそうです。  焼きたての「大徳寺焼餅」を、すぐそばにある「大徳寺公園」のベンチでいただきました。大ぶりの焼餅なので、けっこうな食べ応え。やさしい甘さのこしあんにお腹がほっとしました。公園の真ん中と周辺には、さらなる大クスの姿がありました。その昔、この一帯は原始林で、「大徳寺の大クス」も公園の大クスも、伐採を免れた原始林の名残りのよう。移りゆく時代や人々の暮らしを静かに見守ってきた大切な存在です。  

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  • 第670号【令和7年長崎くんちと幔幕の家紋】

     朝からシャギリの音色が長崎のまちに響き渡っています。きょうは、秋の大祭、「長崎くんち」の中日(なかび)。長崎市中心部には大勢の人々が繰り出して、くんちを楽しんでいます。  昨日は、「お下り」が行われ、諏訪神社からお旅所まで、諏訪・住吉・森崎の三基の御神輿の行列がまちを練り歩きました。沿道に詰めかけた大勢の人々の顔ぶれを見ると、高齢の方々がとても多い。いつだったか、地元の女性(当時85才)が、「私らが子どもの頃、くんちの日は、朝から小豆ご飯、お煮しめ、ざくろなますといったごちそうが出る。学校は午後から休みで、家に帰ると、新調した洋服を着せてもらって、まちに出るのさ。うれしかったね。いまでも、くんちがはじまると、その頃と同じようにワクワクする」と話していたのを思い出しました。  9月下旬まで、気温は連日30度を超えていましたが、10月に入るとさすがに過ごしやすくなってきました。とはいえ、30度に達する日もあり、残暑と秋のせめぎあいはまだ終わっていないようです。猛烈な暑さに見舞われたこの夏、長崎くんちの踊町(新橋町、諏訪町、新大工町、榎津町、西古川町、賑町)の方々の準備は本当にたいへんだったことでしょう。本番を間近に控えた10月3日には、使用する衣装や道具などを披露する「庭見世(にわみせ)」、続く4日には、踊町の演し物の仕上がりを町内の人に披露する「人数揃い(にぞろい)」が行われました。  両日とも雨に見舞われましたが、夕刻からはじまる庭見世のときは、雨が小康状態になり、傘をさしながらも大勢の見物客で賑わいました。「人数揃い」も、午後には雨があがり、本番に先駆けてすばらしい演し物が披露されていました。  さて、「長崎くんち」の期間中、踊町の家々や店舗の入り口には、家紋を染め抜いた幔幕(まんまく)が張られます。家紋の意味を知ると、くんち見物でまちに出たとき、ちょっとした楽しみが増えます。幔幕の家紋をいくつかご紹介します。  梅の花をモチーフにした「丸に梅鉢」。梅は、春のおとずれを告げる花。学問の神様、菅原道真が梅を好んだことに由来し、学業成就の願いが込められた紋です。蔦(つた)の葉をモチーフにした「丸に蔦」。蔦は繁殖力が強い植物。子孫繁栄の願いが込められています。矢をデザインした「丸に違い矢」。矢を用いた紋には、尚武的な意味合いがあるそうです。あおぐことで風を起こす扇をデザインした「三つ扇」。折りたたまれた扇を開くと、縁起のいい末広がりの形に。子孫繁栄の願いも表します。  日本の家紋の種類は、一説には2万以上もあるとか。そのモチーフになるのは、天文、植物、器材、建造物、文字などで、どれも簡潔で美しい図柄にデザインされています。家紋は戦国時代、あるいはもっと前から伝わるものもありますが、明治以降、国民全てが苗字を名のることができるようになったとき、家紋も自由に使用されたことで、その数がぐんと増えたそうです。いずれにしても、家紋を通して、ご先祖様の思いを知ることができます。秋の夜長、我が家の家紋について調べてみませんか?  ◎参考にした本『正しい紋帖』(古沢恒敏 編/金園社)        『日本の家紋大辞典』(森本勇矢 著/日本実業出版社)

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  • お客様の声

    義理のお母さんの帰省時にリクエストして買ってきてもらいました。スーパーで売っているちゃんぽんよりも具沢山で麺がもちもちしているので大好きです。スープも強すぎず、ゴクゴク飲めてしまうくらい、まろやかでお気に入りです。神奈川県 K・E様

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  • 第669号【長崎9月の花と月】

     サルスベリが気温30℃を超える猛暑のなか、元気に花を咲かせています。9月も中旬に入りましたが、この先1週間は、30℃以上の厳しい暑さが続くという予報です。それでも、季節は確実にすすんでいて、夜には秋の虫の鳴き声が聞こえ、風もひんやりとしたものが混じるようになりました。空を見上げれば、夏雲と秋雲が拮抗。ささやかでも、秋の気配を感じると安堵しますね。  中島川で、この暑さのなか、大いに繁殖している花がありました。キキョウに似た青紫色の花で「ヤナギバルイラソウ(柳葉ルイラ草)」という植物です。メキシコ原産の帰化植物で、名は、細長い葉の形が柳の葉に似ていることに由来。「ルイラ」は学名の「Ruellia(ルイラ属)」からきているそうです。可憐な見た目ですが、地域によっては駆除の対象になるほど繁殖力が強い植物。気付けば、側溝やアスファルトの割れ目、ブロック塀の根元などそこかしこで花を咲かせていました。  さて、屋外の厳しい環境のなかでたくましく花を咲かせる植物がいる一方で、人間に大切に育てられて魅力的な花を咲かせるものもいます。長崎県庁のロビーで地元の花農家の方々が栽培した菊が展示されていました。菊といえば、仏花のイメージが強いのですが、そこにあった菊は、どれも個性的な魅力を放ち、お祝いの花束や華やかな催しの花活けにも合うような美しさでした。ちなみに長崎県の菊は、全国5位の産出量。若手の花農家の方々が、がんばっているそうです。  菊(栽培種)は、奈良時代に大陸から渡ってきた植物です。優れた薬効があり不老長寿のシンボルとされていました。同じく中国に起源を持つ9月9日の「重陽(ちょうよう)の節句」は、「菊の節句」とも呼ばれ、不老長寿を願って菊の花を浮かべた「菊酒」を飲む風習があります。また、江戸時代に菊の栽培が流行った時期には、新しい品種を作り、その姿形を競い合ったそう。菊のシーズンである秋は、鉢植えや形造りの菊を並べた「菊見の会」があちらこちらで催されました。現代にも引き継がれている光景です。  さて、話題は「菊」から、「月」へ。9月8日の皆既月食はご覧になられましたか?皆既月食とは、太陽と地球と月が一直線に並び、満月が地球の影に完全に覆われてしまう現象のことです。今回、日本で見られたのは、およそ3年ぶり。その日の長崎の夜空は曇りがちで、わずかな雲の切れ間に期待して待っていましたが、睡魔には勝てませんでした。画像は月が欠けはじめる前の満月と、欠けはじめて30分ほど経ったとき(午前2時頃)の部分月食です。次に日本で見られる皆既月食は、意外にもすぐで、来年3月3日。壮大な天体ショーは、いい気分転換になります。どうぞ、お楽しみに。  おまけ画像です。虫食いの跡が笑顔に見えるサクラの枯葉を、散歩中に偶然、見つけました。小さなハッピーのおすそ分け。  ◎参考にした本 「ビジュアル・ワイド 江戸時代館」(小学館)

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  • お客様の声

    長崎の知人宅で食べておいしさにびっくり空港で売っているというので買い求めました。自宅でこんなに簡単に調理できると知って驚きです。我が家で作ると野菜嫌いの子どもも食の細い高齢の母も完食でした。おいしかった~!!!常温で保存できる点がすばらしいです大阪府 K・T様長崎の義母が送ってくれました。家庭でも手軽に本格的なちゃんぽんが楽しめて嬉しいです。具もついているので冷蔵庫になにもないときにも重宝します。キャベツやもやしでボリュームUPして出すと主人も喜びます!大阪府 M・N様

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